自分の価値
人間一人の価値っていくらくらいなんだろう。
死亡事故の損害賠償では、もしその人が生き続けていた場合に得られた給与をベースに額が決まるようだ。ふ〜ん。じゃあ、就労が困難な障害者みたいな人の場合はどうなるんだろうね。。。慰謝料とかが加味されるのかな。
まあ今日書きたいことはそういうことではなくって、、、
仕事はしていないが、投資家として年に20%のリターンが期待できる能力の人が事故で無くなった場合、失われた給与をベースに計算するということだと、賠償額は0となる(仕事をしてないから)。その人が100億くらいの資産を持ってたとすると、年に20億くらいのリターンが期待できるんだけど、どうなっちゃうんだろうね。。。
生々しい話をしたが、人が暮らしていく上でお金を得る方法としては、
1) 仕事をしてお金を稼ぐ
2) お金を元手に投資(銀行とかへの預金も広義の投資とする)する
のどっちかしかない、究極の話(盗むとか脅し取るとかは別として)。で、今日考えたのは、1)も実は、自分を元手にリターンを得るという考え方をすれば2)と変わらないのではないか、ということ。
面白くなってきたので、いろいろ突っ込んだことを考えてみた。自分が元手とするならば、自分の価値はいくらなのだろう。自分を元手とした場合のリターンは年何%? 自分の価値はどういう基準で決まるのか? それより何より、自分の価値は自分から見たものと他人から見たもので同じなのか、違うのか?
例えば、今の日本みたいな物価が上がらず下がらず、銀行の預金利息はほぼ0%という社会において。もし、お金を増やす方法として証券や投信などなく銀行に預けるしかないのであれば、お金を銀行に預けても何も生み出さないが、とりあえず働けばいくらかのお金を生み出す、ということから、元手としての自分の価値は無限大に非常に近い。年利が0.1%で年500万円の給与所得がある人は、50億の価値があることになる。
んんん、いやいや、年500万円しか給与所得が無い人が50億の価値がある、と考えるのはおかしい。そもそも、その人は定年になれば給料はもらえないのだから(もちろん再就職するなどしてもらうことはできるが)返済期限が定年までの、無利子無利息の50億の借金をして、それを勤めている会社で運用している(運用益が給料となってバックされる)、という風に考えた方がいいのかもしれない。会社の業績によって利率は変わるし、日本の企業だと、長いこと運用すれば高い利率になっていく(=年を取れば給料が上がる、、、最近はそうでもない会社もあるのだろうが)というところもあるが、それより何より、50億の借金なんて普通はさせてもらえない。
じゃあ、、、人の価値が2億くらいだとすると、給料として支払われる運用益は2.5%か。。。ふむふむ。貯金に対しても2.5%の利息がもらえるととっても嬉しいのだが、現実はそうではなくって、銀行に預ければ、良くても1%とかしか利息をもらえないのだから、パーっと使ってしまった方がマシだという気持ちが生じるのもわからなくはない(貯蓄がない家庭の比率が過去最高となったそうだが、貯めても増えないんだから使っちまえ、という考えも一理ある)。このような人が仮に5000万円の資産を持っていたとしても、その資産は新しい価値をほとんど生み出さない。このような人が勤めを辞めてしまうと、5000万の貯金を少しずつ食い潰して行くことになる。貯金が無くなったら?、、、まあ、なんとか生きてはいくでしょう、今の日本なら。
とはいえ、、、銀行以外にも投資の選択肢があるとすると、自分の資産に対して年2.5%のリターンを得ることはあまり難しくはない。東京電力では厳しいが、九州電力あたりの株を買えば配当だけで2%くらいは楽勝である。ちょっと安いときに買って高くなったら売れば、3%のリターンはなんてことないだろう。
で、年に20%のリターンを期待できる投資家が、年500万円の給料がもらえる仕事をしている場合はどう考えたらいいのだろう。人の価値はやっぱり2億と考えるというやり方もあろうが、当人は2500万円くらいの価値しか感じていないかもしれない。そのような人が5000万円の資産を持っていた場合、これを投資すれば年い1000万円のリターンを得られるのだから、仕事しているのが馬鹿らしい、という状態である。
つまり、自分という2億円の無利息の借金(しかもそれは2.5%くらいの利率でしか運用する選択肢が無い)と5000万円の資産を持っていたとして、資産運用が上手な人は2億の借金を元手に自分を会社に投資しなくても暮らして行けるということなのである。2億の借金を定年を前に返済したとしても、金銭的には何も得することはない(もともと架空の借金だから)が、1日8時間以上、年に1800時間とか2000時間とか拘束されているのからは自由になれる。
私は仕事もせずにノウノウと暮らすのが夢であるからして、今はお金を貯めつつ資産運用の腕を磨いている、つもり。この秋はけっこう儲かっていて、実りの秋ではある。